「イロガミサマ?」
 聞き慣れないその奇妙な存在を知ったのは、
父の遺品を整理しているときだった。
 当時、私は理系の大学生で、将来はシステム・エンジニアになるつもりで
東京で一人暮らしをしながら働いていた。
 夏休みに帰った実家で、父が亡くなった後に部屋にそのままになっている
遺品をなんとなく眺めていた。
 膨大な量の書籍、紙の資料にノート、父は大学で心理学を教えていたため、
どれも心理学に関係した資料ばかりだった。
 私はあまり父の仕事のことを知らなかった。
 いや興味がなかったといってもいい。
 資料を眺めながら、もう少し父のことを知っておけばよかったと後悔した。
そして眺めていた資料の中に奇妙なイラストのようなものを見つけた。
 なんだろうと思って、束ねられた資料を取り出すと、奇妙な生き物のイラストや
色の効果、そして父のコメントが書き込まれていた。
 途中、父は力強くこう記していた。

「色は偶然でき上がっているものではない。色はその色を決めて、
作っている存在がある。どうやらその存在は『
イロガミサマ』と呼ばれている
らしい」

 私は「馬鹿な」と思った。そんな存在がいるわけはない。
 色の見え方に関係するのは反射である。物体に当たった光は、
物体の性質により、一部を吸収したり反射したりする。その反射光を「色」と
見ているはずだ。
教育者である父がこんなことを真面目に書くなんて…
 私は父の行動を不思議に感じながらもそのままそのことなど
すっかり忘れてしまった。大学を卒業し、一般企業に勤めたが自分で何かを
作り出す喜びを知り、気がつくとデザイン関係の道に転職、数年後には独立した
のだった。中でも私は色の専門家として活動をするようになった。本も執筆した。
 すると、しばらく経った頃から読者から色の相談を受けるようになった。
そして、あるとき読者から不思議な内容の手紙をもらった。色について困っていたら、
変な生き物が現れて色のアドバイスをしてくれた
という。最初はからかわれていると思いまったく信じなかった。
 
 ところがそんな手紙は一通ではなかった。同じような手紙やメールが何通も
届くようになった。あるとき、手にした手紙にぼくは戦慄を覚えた。その手紙には
見たことある絵が描かれていた。まぎれもなく父の遺品整理中に見た
「イロガミサマ」だった。間違いない。
 私は自宅に戻り、父の資料を再び手にした。
 おそろしいことに手紙の内容と父の資料に書かれてい
ることは奇妙なまでに一致していた。また、ノートには
色の神様と世界中の色にまつわる神や伝承についても書
かれていた。

「間違いない。父の言っている『イロガミサマ』はいる」
 そうして、私の
色神さまの研究は始まった。